第4回:ジャングルで根っこを守る人|元新聞記者の、非日常生活。<ジャングルを走る編>
ジャングルマラソンからちょうど1年がたち、砂漠を走ってきました。
今年はチリ北部で開催されたアタカマ砂漠マラソンに出場。こちらも1週間で250kmを走るレースです。結果は168人中、日本人最高となる27位でした。
日中は30~35℃、夜間は-3℃という寒暖差に加え、最高標高3000mと高山病にも苦しめられるタフで楽しいレースでした。砂漠話をしたいところですが、帰国してそばを食べてひと心地ついたところでして、今回もジャングル編です。
帰ってきて食べるなじみのある味もいいものですが、旅先での大きな楽しみといえば、食べること。
ジャングルマラソン前に滞在したブラジルで驚いたのは、朝から砂糖の入ったケーキをばくばく食べること。甘党なので、寝起きなのにみんなパワフルです。僕もならってばくばく口に入れていましたが、さすがに4切れが限界です。ブラジルの人々が暑さに強いのもうなずけます。
庭先に落ちているカシューナッツ
大会中の食糧事情はお湯で戻すだけのアルファ米や軽量かつ高カロリーなナッツ類が中心。日本で買い求めていったのに、現地で簡単に入手できるものもありました。
そのひとつがカシューナッツ。レースの出発地であるブラジル北部のアウテル・ド・ションでは庭先に自生していました。日本では、まずお目にかかれないのですが、ポ、ポピュラーすぎる!
広場では、子どもたちがサンダルを投げて落とした実を食べています。近寄って見せてもらうと、普段食べているナッツに実がくっついていました。実の部分はカシューアップルと呼ばれ、生食やジュースにされています。
子どもたちに勧められて、かじってみることに。いたずらっぽい笑みを浮かべています。なにやら不敵。にまにましている。
がぶっ、とかじると果汁があふれてきます。むぅっ、し、渋い。
子どものころに食べた渋柿そっくり。それもそのはず、柿の渋みでもあるタンニンが含まれているからです。
渋くなった表情を見て、子どもたちはしてやったりと手をたたいて大喜び。完熟だと甘みもあるそうですが、熟していないものは要注意です。
滞在していた宿にも、大きなカシューナッツが生えていました。10mを優に超える大木です。
「ドスッ」
大きな音を立てて熟した実が落ちてきます。それをひとつひとつ拾って集めます。スマホで地球の裏側から無料通話ができる時代にあっても、地道な採取方法は変わりません。
ナッツの部分はローストして殻を外して、ようやくビールのおつまみに。実は絞ってジュースに。おこぼれに預かって毎朝、絞りたてのジュースを1杯。のどごしはさらり。薄い甘みと舌に残る若干の青臭さ。慣れてくると、あまり気にならないものの、やはり少し渋い。
お金を使うことに違和感
ジュースを振る舞ってくれた宿の主人パウロは、生まれと育ちがジャングル。若い頃には都会に出ていたそうですが、早々に帰ってきてカシューの大樹と同じように、ジャングルに根を生やしていました。
思い出したようにカシューを拾いに行く以外は、主にリビングのハンモックで揺られながら寝ています。「ホンダ、カズ、ジーコ!」。サッカーの話題で盛り上がる気のいいハンモックおじさんです
そんな彼は青年になって、初めて都市部に行ったときが大変だったといいます。
「ジャングルでは、何でも自由に取ってきて食べることができたのに。アイスキャンディーを食べたら、お金を払わなきゃいけなかったんだ」
お金を払って、ものを買って食べることに違和感がありました。それに、まちの人たちの歩くスピードの速いこと。なかなかなじめずに苦労したそうです。初めて状況したときのことを思い出し、僕も大きくうなずきました。都市部で受ける衝撃は国境を越えるようです。
そんなパウロも今ではパソコンを使いこなし、SNSやメールで世界中のお客さんとやり取りしています。ハンモックに揺られながら携帯電話で楽しそうに話し込むことも。でも、生活様式が変わっても、どっしりとそびえたカシューの大樹のように、根っこは揺るぎません。
「街の生活はもっと便利だろうけど、やっぱりジャングルの方がいい。何でも取り放題だし」
相変わらずハンモックでゆらゆらしているパウロ。いたずらっぽい笑顔には少年の面影が残っていました。
自分のルーツをしっかりと理解し、手放さないでいる。簡単なようで、なかなかできないことです。取り入れるべきところは柔軟に取り入れながらも、根っこを守る。守りたいものがある。それまで流されるままに、せかせかと仕事をしてきた僕には、とてもうらやましく思えました。